2018年8月アーカイブ

8月初旬の週末、酷暑の街を離れ沢仲間と水根沢に行く。最初に水根沢に入ったのは2015年。もう3年も前のことになる。

最初は単独行。途中で出合った方と核心部の7mトイ状の滝は、その方はトイ状の滝をステミング(蟹の横ばい)、私は10mの崖を懸垂下降で下り、所定のゴール地点まで進むも、戻りは林道が見つからず、沢筋を入渓点まで戻った。

それ以降、退任前の会社の沢仲間と毎年水根沢に入っているのだが、大雨の後水量が多くトイ状の滝のはるか手前で撤退し林道へと急登を這い上がったり、トイ状の滝まで進むも滝を落ちる水量が多く、また崖を下りようにも残置ロープがこころもとなく撤退と核心部をクリアできないでいた。
とはいうものの、沢筋を進むのは途中撤退ではあったが、初回で見つけることができなかった林道を所定のゴール地点まで進み、沢から林道への尾根筋のルートはその間に確認できた。初回に林道が見つからず引き返した少し先に林道があったわけだ。

そうこうして、核心部であるトイ状の滝の水線を突破したのは2017年。娘の旦那と二人で水根沢に入り、元陸上部の体力で沢デビューにもかかわらず、トイ状の滝をステミングで軽々とクリアし所定のゴール地点まで進むことができた。林道へのルートも既に確認済であり、特段のトラブルもなく夏の一日を楽しんだ。

そして2018年、沢仲間と水根沢に。2番目のゴルジュ帯にある2mの滝での2本の残置ロープを使ってのへつりで少々苦労するメンバーもいたが、なんとかクリア。深い釜をもつ4m滑滝部は泳ぐしかないと思っていたのだが、大きく高巻すればクリアできるルートがあった。
そして核心部のトイ状の滝部。ステミングで上るもの、10m崖を懸垂下降で下るもの、
トイ状の滝をステミングすることなく、途中で右岸の岩場を進むルートをみつけクリアするものと、ルート取りも各自各様に進み、所定のゴールまで進めた。沢ガールが核心部をクリアしたはじめての夏となった。

酷暑の折、Google Analyticsのアクセスランキングにも沢のメモが2本入っており、水根沢がユニークユーザー月間1万名ほどのこのブログのベストスリーに入っている。水根沢のメモは2015年にブログに掲載しているのだが、それ以降、2017年・2018年のメモも今回追加して以下、掲載することにした(2015年のブログも残しておく)。


2015年


6月末のとある日曜、朝起きると快晴。その1週間前の週末、沢ガールのガイドで秋川筋の大岳沢に入る予定であったが、雨で中止。その時の沢入りの準備ができていたので、どこかの沢に行こうと想う。どこに行こうか、ちょっと考え、水根沢に行くことにした。

水根沢には未だ一度も行ったことがない。奥多摩の沢登り、といえは「水根沢」と言うことで、いつも人で溢れているといったイメージがあり、初心者集団を引連れて「渋滞」を起こすのが申し訳ないと、いうのが最大の理由であった。 今回は急に思い立ったわけで単独行。ひとりであれば、沢を楽しみに来ている皆さんに迷惑をかけそうな滝や岩場は高巻きすればいい、沢は初級レベルと言われているが、キツそうであれば沢にそって続く水根沢林道に這い上がればいい、また、単独行の場合、基本、怖がりの我が身は、通常であれば常に携帯する山地図をインストールしたGPS端末も持たず、遡行図のコピーだけ。林道といえば、倉沢海沢など、沢に沿う広い道が刷り込まれており、すぐに見つかるだろうと思い込んでいたわけである。少々お気楽な水根沢行きであった。

沢には予想に反し、誰も居ない。これはラッキー! 迷惑をかけることもないので、のんびりと試行錯誤を繰り返し遡行していたのだが、途中で如何にも経験豊富な風情の方に後ろから声を掛けられた。岩に這い上がろうとする姿を見て、心配になったのか、一緒に行きましょうとの申し出である。
有り難い申し出ではあるが、誠に申し訳ないので一度ならずお断りしたのだが、結局ご一緒することに。よほど心配にみえたのだろう。CSトイ状の滝から先はその方のリードで半円の滝まで進み、そこで遡行終了し、ふたりで林道に向かうことにした。
これで、本日の沢上りは終わり、と思ったのだが、林道が見つからない、踏み跡はいくつかあるのだが、すぐ行き止まり。結構上下し林道を探したのだが、わからず、結局沢を入渓点まで戻りましょう、ということになった。水根沢の林道は、林道と言うより鷹ノ巣山への登山道と言ったものであったようだ。 二条12mの滑状の大滝の辺りでは岩場を下る懸垂下降のロープが10mでは足りず、結構苦労したが、岩場では腹這いになり、ズルズルと足懸りを探しながらクリアするなど、はじめての本格的「沢下り」も楽しめた。


本日のルート;水根沢キャンプ場>入渓点>(最初のゴルジュ)>2mの小滝>CS3m滝>橋>二条CS滝>(二番目のゴルジュ帯)>2m滝>CS3m滝>小滝>4m滑滝>4m滑滝>CSトイ状の滝>2段12m滝>滑滝>山葵田>三番目のゴルジュ帯>6mトイ状半円の滝>遡上終了>林道が見つからない>(沢を下る)>2段12m滝>CSトイ状滝>小滝>水根バス停

水根沢キャンプ場
突然決めた沢入でもあり、家を出る時間も遅く、奥多摩駅に着いたのは11時前。偶々、10時50分だか55分だったか忘れたが、丹波行きのバスがあり、奥多摩湖バス停のひとつ手前の「水根」停留所で下車。
沢に沿って入渓点である、水根沢キャンプ場へと向かう。
水根キャンプ場とはいうものの、道に沿ってそれらしき建物はあるものの如何にもキャンプ場といった場所もなく、沢に沿った広場といった場所があったが、それが水根キャンプ場なのだろう、か。
ただ、そこは民家の私有地といった風で、入り口に車止めといったものがあり、民家の前を通るのも申し訳なく、道を先に進む。と、道端でお喋りを楽しんでいた集落の方が、沢に入るのは、この道を先に行けばいい、と教えてくれた。



入渓点:11時52分
しばらく進むと舗装が切れ、山道に入る。これが水根沢登山道だろうか(後日登山道とは別の道であることが判明)。ほどなく、林道下に沢が見え、少々傾斜が急ではあるが、そこから沢に下りることにした。 林道で入渓準備。極力高巻きで水に浸からないようにしようと思うが、「水の水根沢」であるので、時に、胸くらいまで水に浸かることを覚悟し、山用の防水雨合羽を上から着込み、沢に入る。入渓点は穏やかな沢相である。

◎最初のゴルジュ
2mの小滝;11時56分
左岸に取り付き、岩場に手懸かり・足懸かりを見付けながら、水際を進み(沢の用語では「へつり」)滝横の岩に這い上がる。








CS3m滝;11時58分
その先には5mほどの淵あり、如何にもゴルジュといった風情。淵の先にはCS3mの滝。淵を進むが、深さはそれほどない。かつてはもっと深い淵であったようだが、砂で埋まってしまったようだ。
滝横の岩場まで進み、そのまま岩を這い上がる。水中から這い上がる岩場まで微妙な高さがあり少し難儀するが、それほど難しい箇所ではなかった。
因みに、CSとは「チョックストーン(chockstone)=岩の割れ目にがっちり挟まった岩」を意味する。



橋;12時2分
その先に橋が架かる。どこに向かうのだろう(この橋は登山道とは関係なく、入渓準備した道がこの橋に続くように思う)。









二条CS滝;12時7分
橋を越えると、川の中央に大岩が座り、水流が両側から勢いよく流れ落ちる。二条CS滝である。水に濡れるのを避け、左岸を高巻きしようと思ったのだが、結構難く、撤退。仕方なく滝を二つに分ける岩に取り付く。
腰の深さの淵を進み、下の岩は簡単に登れたのだが、上の岩場に這い上がるに、手掛かり、足掛かりがない。撤退しようにも、下りるに下りられず、岩の右手の水流に足懸りをと思えども、昨日の雨の影響か水の流れが強くホールドする自信がない。
なんとか上の岩に這い上がろうと悪戦苦闘。水濡れを防ぐために着た雨具がつるつる滑り、岩場に張り付くもずり落ちる。結構苦労したがなんとか這い上がれた。多くの人は岩の右手の水流を上るようである。

二番目のゴルジュ帯

最初の2m滝;12時31分
左岸を滝の少し手前から「へつる」。が、行くも、戻るもできなく、淵にドボン、と思った時、岩場左上に残奥スリングが見えた。スリングを掴み、岩場をクリア。












CS3m滝;12時35分
淵に入るのを避け、「へつり」をしながら左岸岩場を登り高巻しようとしたのだが、途中でこれも進むも退くもできなくなった。ずり落ちるのを避けるため、両手両足で滑る岩場をホールドし、なんとか下まで戻る。
そこからは水に胸辺りまで浸かり、滝の下まで進みるのを腰まで水に浸り右岸を上る。

声を掛けてもらう
滝上に上り下流を見るとひとりの男性が目に入った。そして、御一緒しませんか、との申し出。高巻でグズグズしている姿などを見るにみかね声をかけてくれたのだろう。沢はほどほど、ロッククライミングとかケービング(洞窟探検)を楽しんでいる方であった。
有難い申し出ではあるが、申し訳なく丁重にお断りするも、結局ご一緒することに。よほど心配してくれたのだろう。

小滝;12時51分
ご一緒に進み小滝右岸を上り、ゴルジュ帯を抜ける。














釜のある4m滑滝
ここが一番キツかったように思う。釜を泳ぎ岩場に取りつくも、水中に足懸りが見つかるまでは、少々難儀するも、なんとか足懸りを見つけ、なんとかクリアした。疲れ果て写真を撮るのも忘れてしまった。








CSトイ状の滝;13時14分
その先にトイ状の滝。雨水を集め下に流す樋(トイ)のように、狭い岩場を勢いよく水が流れ落ちる。ご一緒した方は、滝壺下まで進み、流れに抗いながらもステミング(両手両足で両側の岩場をホールドし滝を登る。蟹の横這い、といった格好である)でトイを突破するとのこと。
一方私は、少々疲れ気味。ステミングで体を支える気合が足りない。ステミングをしないとすれば、右岸の急な崖を這い上がり、10mの垂直な崖を下りることになる。迷うことなく右岸に崖に取り付く。
崖を這い上がり、先端部にくると10mの垂直の崖。崖の先端には残置スリングと、そこから下にロープが垂れる。が、ロープは水面まで届いていない。「画龍点晴を欠く」と言った残置ロープである。
それではと、ロープを取り出し6ミリの10mロープを結び、スリングに通し、フリクション(摩擦)を保ち、かつロープの回収を容易にすべく6ミリ二本のロープを8環に通し、懸垂下降で10mの垂直な崖を下りる。ロープも10mでギリギリではあったが、無事崖を下りた。崖下でステミングで上ってきた男性と合流し先に進む。

2段12m滝;13時17分
CSトイ状の滝の先には2段12m滝。右岸を這い上がる。水に浸かり、たっぷりと水を吸い込んだリュックやロープの重みが結構きつい。後でもメモするが、林道の踏み跡が見つからず、沢を下るとき、最も苦労した箇所である。










滑滝;13時26分
2段12m滝の先に小滝とカーブした滑状の滝が続く。難しい滝でもなく、滑状の滝の風情は結構美しい。













山葵田;13時33分
その先、右岸に小屋が見える。付近は山葵田とのことである。ここで休憩をとる方が多いようだが、そのまま先に進む。











三番目のゴルジュ帯

山葵田の先は、両岸にが岩に挟まれた、ちょっとしたゴルジュ帯(?)となる。小さな滝が二つあった。最初の滝はどうということはなかったのだが、2番目の滝は、見た目は簡単ではあったが、手懸かり・足懸かりがなく、体力も大分消耗した我が身は、なんとか這い上がる、といった為体(ていたらく)ではあった。






6mトイ状半円の滝;14時
このゴルジュ帯を抜けると、小滝がありその先に水根沢で最も名高い半円の滝が見えてくる。ステミング(蟹の横ばいといった案配)で登っていくのが本道ではあろうが、その体力はない。ご一緒した方はステミングで進むも、私は右岸を高巻き。高巻きは誠に簡単であった。









遡上終了;14時5分
ご一緒の方は、数回この沢に来ており、これから上はそれほど面白い箇所もないので、ここで切り上げましょうとの提案。誠に有り難いお話。成り行きで林道へと向かう。









林道が見つからない:14時23分
林道は直ぐに見つかるとのことであったが、なかなか見つからない。踏み跡はいくつかあったのだが、途中で消える。成り行きで彷徨っていると、左右に沢を分ける尾根道に入る。左手の沢は何だ?益々混乱。
ご一緒してくれた方も、記憶を頼りに林道を探すが、見つからない。で、結局、沢を下りましょう、ということになった。
家に帰り地形図を見ると、沢を分けた尾根と思ったのは、水根沢にグンと突き出した尾根であり、単に水根沢が突き出した尾根の岩壁をぐるりと回っているだけであった。場所は最終地点である半円トイ状の少し下流といった箇所であった。この尾根筋のため少々混乱したが、もう少し高いところまで登れば林道に出合っていのかとも思う。水根沢のレポに林道探しに苦労した、といったものは皆無である。皆さんは何の苦労もなく林道に登れているのだろうか。


沢を下る

2段12m滝;14時58分
水根沢に突きだした尾根筋に沿って踏み跡があるので、とりあえずその道を進む。が、ほどなく踏み跡が切れる。跡は成り行きで沢に沿って下ると、2段12m滝の上に出た。岩場を下るのは滑って危なそう。ロープを出して下降。安全な箇所まで下りるには15mほどの長さがあったほうがよさそうであった。









CSトイ状滝;15時
高巻きをエスケープし懸垂下降で降りた箇所は、下りはステミング(蟹の横ばいといった案配)で下りるしか術はない。トイ状の滝をステミングで下り、適当な所で淵にドボン。












小滝;15時24分
登りはどうということもなかったCSの小滝も下りは難しい。腹這いになり、手懸かりをホールドしながら、ゆっくりズリ落ちる要領で足懸かりを探しながらクリアする岩場が2箇所ほどあった。

入渓点に:15時45分
水に濡れるのを避けるため、極力高巻で、といった「計画」も下りのトイ状の滝での滝壺にドボンのため、結局全身ずぶ濡れになりながらも、なんとか入渓点まで戻る。そこはスタート時点では遠慮した民家前を通るアプローチ地点ではあった。

水根バス停;16時10分
沢から出ると、四駆で駅まで送ってくれる、と言う。さすがに、そこまでは甘えることはできず、御礼を申し上げデポ地点で別れる。林道脇で着替えを済ませ 水根バス堤に。16時23分のバスに乗り、16時57分のホリデー快速おくたまで一路家路へと。

今回の沢は反省点ばかり。単独行でありながら、地図もGPSも持たず遡行図だけて沢に入り、撤退や復路の林道は沢に沿って直ぐに見つかると高を括っていた。偶々この方が親切にご一緒して頂いたから良かったものの、独りだったら、倉沢とか海沢の林道と言った大きな「林道」を探して山中を彷徨っていたかとも思う。
結構沢をこなし、沢登りを結構こなし、ちょっと半端な余裕をもちはじめていたのだろう。初心に戻るべし、との思いをかみしめた水根沢遡行となった。



後日談(二回目)
7月の中旬、酷暑の都心を離れて元会社の仲間と水根沢に入った。当日はピーカン。これは水を存分に楽しめるだろうと入渓点に。
が、前回と同じ個所で着替えをしている時に沢から聞こえる水の音が半端ではない。轟轟たる水音である。快晴ではあるが、この水音を聞き、防水雨具を上から着込み入渓点に。 思った以上に強烈な水勢である。

第一のゴルジュ帯
2m小滝
最初のゴルジュ帯の2mの小滝は、「へつり」で進む。強烈な水勢を見遣りながら第一関門はクリア













CS3mの滝
がその先のCS3mの滝は、先回は滝下まで進み、楽々滝を登ったのだが、今回はとてもではないが直登などできそうもない。迷うことなく大きく高巻き。








第二のゴルジュ帯
2m滝
再び沢に入り第二のゴルジュ帯の2m滝に。水量も多く、先回と様変わり。水量が多いこともあり、左岸が丁度いい感じにへつりがしやすくなっている。手掛かりを探り、水中に足がかりを探りながら滝の手前まで、水線の中に足がかりを見つけ、クリアする。







CS3m
このCS3m滝は水量は多いものの、どういうわけか水勢が激しくなく、先回と同様に右岸を這い上がる









4m滑滝
その先、先回辿った小滝だったか4m滑滝だったか。それもわからないほど水が滝を覆う。異常なほど水勢が激しく、水線を進もうにも跳ね返される沢ガール。幾度かトライするも断念。で、高巻しようと崖に張り付き、足場の悪い崖を上り切るも、その先のルートが読めない。このまま進むのは危険、ということで撤退決定。






登山道に這い上がる
登山道に這い上がるにも、この地点から這い上がるのはキツイ。少し下り、CS3m滝辺りから崖を這い上がる。登山道まで比高差は90mほどあるだろうか。あまりに急登に、シダクラ沢以来の四足歩行でなんとか這い上がる沢ガール。悪戦苦闘し登山道に。






登山道
先回見つけることのできなかった登山道ではあるが、結構しっかりした踏み跡のある道ではあった。
それにしても、強烈な水勢であった。数日前まで何日か降り続いた雨の影響が、これほどまで残っているとは想像もできなかった。しかし、誠に面白い沢登りの一日であった。











水根沢再々訪(三回目)

8月末日、先回の途中撤退のリベンジにとの沢ガールのご下命により、水根沢に。パーティは退任前の会社の沢ガールと沢ボーイと私の3名。先回同様、民家前を通る入渓点を避け、道を進み「むかし道休憩所」を越え、舗装も切れる民家脇の小径の入渓地点上に。
入渓点上の登山道と思っていた道は、先回の途中撤退で這い上がった登山道の下り口とは異なっており、沢遡上の途中で出合った橋に続く道のようではあった。
それはともあれ、入渓点上の道で入渓準備をしながら耳を澄まして聞く沢の水音は轟々と響いていた先回とは異なり、静かな響き。一安心し入渓点に下りる。


入渓
先回の大水の後の沢入りは、入渓早々に左岸の「へつり」でしか進めなかった箇所も、今回は水線上をのんびり進む。

CS3m滝
先回はその水勢激しく高巻きしたCS3m滝は右岸を進み岩場に這い上がる。最初に水根沢にひとりで訪れたときはそれほど難しいと思わなかったのだが、岩場に這い上がるには水中からは微妙な段差。男ふたりは何とか這い上がるが、腕力のない沢ガールは悪戦苦闘。
長時間水に浸かり体力消耗を避けるため、結局ロープを出し、ハーネスのカラビナに固定し、引き上げることにした。岩場には残置スリングが吊り下がっていたが、位置が高く水中からの手掛かりとはなり得なかった。

CS2条の滝
先回は水量が多く、結果左岸をへつりで進むことができたCS2条の滝(多分CS2条の滝だと思うのだが、ゴルジュ帯の2m滝だったかもしれない。なにせ水勢激しく、滝が水に埋もれどちらだったか確認できない)は、今回は中央岩場に取り付き、岩の右手から流れ下ちる水線の岩に足を踏み出しホールドし上るのが常道のようだが、一歩踏み出す「勇気」を躊躇する沢ガールのため、ここもハーネスのカラビナにロープを固定し引き上げる。



2番目のゴルジュ帯
2m滝
最初に一人で訪れたときは左岸をへつり、残置スリングに助けられたとメモしたが、今回も左岸をへつると2箇所に残置スリングが残っていた。もっとも、 残置スリングを手掛かりに進むが、その先は滑りやすい岩場であり、釜がそれほど深くもなかったため、他の二人は左岸に沿って水中を進み岩を這い上がって進んだ。






CS3m滝
その先のCS3m滝は最初に訪れたときも、先回の大水の時も、不思議に水がそれほど多くなく、右岸に沿って進み岩場を這い上がって進むことができた。今回も同じく右岸を這い上がる。








釜のある4mナメ滝
最初に訪れた時も難儀し、2回目には強烈な水勢のため途中撤退を決めた、釜のある4mナメ滝(当日は圧倒的な水量のため撤退箇所は特定できず、帰宅しログを確認し釜のあるナメ滝と推察したわけではあるが)に到着。釜を泳ぎナメの岩場の水中に足がかりを探し、なんとか這い上がる。今回もやはりここが少し難儀する箇所となった。
沢ガールには、ハーネスのカラビナにロープを固定し、水中を引っ張り、最短時間でナメ岩下に取り付き、ナメの岩場を這い上がる。



CSトイ状の滝
深い釜を泳ぎ、ステミング(蟹の横這い状態)で上るトイ状10mほどの滝に到着。釜も深く、水に濡れ体が冷えた我々3人は釜を泳ぐ気は毛頭ない。最初と同様、10mほどの垂直の崖を懸垂下降で下りようと右岸の崖を這い上がる。 先回懸垂下降で下りた崖の先端の岩に掛けられたスリングは残るが、そこから吊るされていたロープは切れて崖端に放置されていた。
先回は岩に掛けられた残置スリングにロープを通し、懸垂下降で垂直の岩場を下りたのだが、よくよく見ると残置スリングが心もとない。またスリングを支える突き出た岩場も、なんとなく「ひ弱」な感じ。スリングもそれを支える岩も、見れば見るほど少々怖くなり、結局懸垂下降は危険と判断。釜を泳ぐ気持にはならないため、今回はここで左岸高巻きすることに決定し、水線に戻る.。



登山道に這い上がる
左岸を見遣り、這い上がる箇所を探し岩場に取り付き、高巻き開始。極力左手に進もうと思うのだが、傾斜がきつく、滑り始めると釜に向かって一直線に落ちて行きそうな急斜面のため、トラバースするのは少々危険と、結局一直線に崖を這い上がることに。
また、最初の水根沢遡上で登山道が見つからず、沢を入渓点まで戻るため、支尾根の左手を成り行きで下ると2段12mのナメ滝上に出たのだが、その時の印象ではトラバースできるような斜面ではなく、結局2段12mのナメ滝へと下りざるを得なかったわけで、トイ状の大滝を高巻きしても、とても沢に復帰できるような斜面でなかったことが頭に残っていたのも、登山道へと一直線に這い上がることにした理由でもある。

急登に難儀する沢ガールにはハーネスのカラビナにロープを結び、斜面の立木を支点に安全を確保しながら崖を這い上がる。結局は高巻き、というより登山道までエスケープした、といったほうがいいだろう。30分ほどかけて登山道に這い上がった。

登山道を支尾根に
当初のゴールである半円の滝へと登山道を進む。最初に水根沢を訪れたとき見つけられなかった、半円の滝から支尾根に上った先にある登山道を「繋ぐ」ことも目的のひとつではある。
登山道を進むと、左手に支尾根が見える。道脇の過ぎに白のペンキが塗られていた箇所から支尾根に下りる道がある。支尾根への斜面を下り、平坦な支尾根上の踏み跡を進み、沢に下りる箇所を探す。
支尾根を進むと尾根筋を切り開いた箇所があり、そこから支尾根の右手を沢に下りる。これで半円の滝で終了した後の、登山道への道が繋がった。最初の沢入りで、登山道が見つからず沢を入渓点まで戻ったときは、この尾根の左手を成り行きで下り、トイ状滝の上にああttる2段12mの上に出たわけである。

半円の滝
沢に下り、少し沢を下流に戻り半円の滝に。トイ状の大滝は高巻きと言うか、登山道にエスケープしたが、本日のゴールに到着。沢ガールも先回の途中撤退のリベンジ達成と、トイ状の滝脇の岩場を滑り台に釜に流れ落ちたり、半円の滝をステミング(蟹の横這い)で登ったりと、しばし水遊びを楽しみ、本日の水根沢の沢上りを終える。

むかし道休憩所
先回の大水の後の水根沢を訪れ、途中撤退し登山道を下ってきたとき、登山道を舗装された道に下りきったところから少し先に進み。左手の沢側に入ったところに「むかし道休憩所」があった。まことに立派な施設でお手洗いもあるし、着替えもできる。今回も、休憩所までは沢スタイルで下り、ここでゆったりと着替えすることができた。水根沢の着替えはこの休憩所を使わせてもらうのがいいかと思い、メモをする。


2017年
CSトイ状の滝をクリアし、所定のゴールに。帰路も間違うことなく林道を戻る


2017年には、娘の旦那と水根沢に。行く前は偉そうなことを言ってはいたのだが、実際は沢デビューの娘の旦那に助けられっぱなし。

CS3Mの滝
最初のCS3Mの滝は、2015年には腰の上まで水に浸かりながらも何とかテーブル状の岩場に這いあがれたのだが、川床が低くなったの現在はちょっとむずかしそう。滝の手前の右岸岩場に残置ロープがあり、それを頼りに体を右に振り、手懸り・足懸りを確保してテーブル状の岩場に移る。
もっとも、身軽な若者はテーブル状の岩場を囲む岩壁に手懸り・足懸りを見つけて軽々と上っていた。
娘の旦那は身長も高く、元陸上部の腕力で、これも軽々とテーブル状の岩場に這い上がっていった。



CSトイ状の滝
通常であればCSトイ状の滝の右岸を高巻きし、10mの崖を懸垂下降で下りるのだが、娘の旦那は沢デビューで懸垂下降の経験もないため、はじめて釜を泳ぎ、トイ状滝下に取りつき、なんとか足場を見つけ滝の水圧に耐えながら上る。
私は膝を痛めており、トイ状滝をステミング(蟹の横ばい)で進むことはできなかったのだが、娘の旦那は軽々とステミングでトイ状の滝を登っていった。








2段12mの滝
CSトイ状の滝を越えた直ぐ先にある2段10mの滝は左岸の岩場を這い上がるのだが、慎重に手懸り・足懸りを見つけロープを出ずにクリア。

6mトイ状半円の滝を越えた先の所定のゴールをクリア。トイ状の滝部を水線を上るルートでの初めてのゴール










2018年8月

沢ガールとのメンバーではじめてトイ状の滝をクリアし、所定のゴールへ

退任前の会社の沢・山仲間とその知人のスコットランドの若者、更に娘の旦那の7人のパーティ。沢仲間のメンバーではじめてトイ状の滝部をクリアし、所定のゴールに進めたはじめての夏となった。
因みに、沢登りを英語でどういうのか、適当な訳が辞書では見つけることはできなかったのだが、スコットランドの若者はGorge walkingと言っていた。なんとなくニュアンスが伝わる訳語だ。

CS3mの滝
トップの仲間右岸岩場の残置ロープを使い体を右に振り、手懸り・足懸りを確保してテーブル状の岩場に移る。若干のへつりが必要で、手懸り・足懸りが確保できない者はトップが用意したロープを右手で掴みテーブル上の岩場に上る。








二条CS滝
橋を越えると、川の中央に大岩が座り、水流が両側から勢いよく流れ落ちる二条CS滝がある。
腰の深さの淵を進み、下の岩は簡単に登れるのだが、上の岩場に這い上がるのが結構大変なところ。今回は左岸の岩場に手懸り・足懸りを見つけクリアした。
水線を進み中央の大岩に取りついたメンバーは、上のフラットな大岩に這い上がるのに苦労していた。左の岩場をへつるのがいいかと思う。


二番目のゴルジュ帯の2m滝
ここは左岸に2本の残置ロープがあるので、慎重にへつればクリアできる。水量が少ない時は右岸を上っていたと思うのだが、今回は水量が多く左岸の残置ロープ2本を使って進むしかなく、へつりに難儀するメンバーもいた。メンバーの中にはここが一番大変だったと話す者もいた。

深い釜をもつ4m滑滝
ここは泳いで滝下の岩場で泳ぎながら手懸り・足懸を見つけクリアしたが、メンバーの多くは大きく高巻きしていた。高巻もできるようだ。滝からの水圧に耐えながら水中に足場を探すわけで、高巻きすればいいかと思う(今回は私は泳いで岩場に取りついたので高巻ルートは経験していない)

CSトイ状の滝
滝下まで泳ぎ、ステミングでトイ状の滝を登るもの、10m崖を懸垂下降で下るもの、また滝下まで泳ぎ、滝の水線から右岸の岩場にルートを見つけCSトイ状の滝をクリアする者と様々。各自の技量・好みに応じて3種類の選択肢がある。

CSトイ状の滝をクリアすれば2段10mの滝はあるものの、あとはそれほど困難な箇所もない。6mトイ状半円の滝を越えた先の所定のゴールをクリア。沢ガールとのメンバーではじめて所定のゴールまで辿ることができた。


先回国見峠を越え、土佐の城下から伊予の川之江を結ぶ土佐藩参勤交代の道・土佐北街道を遮る峠は南国市から国見登山口のある香美市穴内を繋ぐ権若峠(コンニャク・ゴンニャク)を残すだけとなった。標高1000mほどの国見越えを2回にわけて道を繋いだ後でもあり、標高は600mほど、距離は国見越えの三分の一といったもの。しっかりしたルート記録は見当たらないが、この程度ならなんとかなろうかとお気楽に取りついたのだが、これが大誤算。標高1000mクラスの法皇山脈・横峰越え笹ヶ峰越え、国見越え()といった土佐北街道の峠越えで一番難儀することとなった。

Google Earthで作成
難儀した要因は、「半端ない」荒れた道、その結果としての途切れたルート。季節柄伸び放題のブッシュ。クリティカルな箇所に見当たらなかった標識、そして何よりも、誠にお気楽に取りついた心の持ちようといったところだろうか。
一度で軽く終わると思ってはじめた権若峠越えではあるが、初回は穴内ダム湖側から取りつき、荒れて消えた道と雨のため撤退。2回目は南国市側の登山口から取りつき、結構難儀しながらも初回撤退箇所となんとか繋いだ。
初回は途中撤退ではあったが、撤退箇所までは土佐北街道をトレースしており、2回目も峠からその撤退箇所をターゲットに、倒木で荒れそして消えたルートを辿ればよかったわけで、それがなければ目標となる箇所がないまま消えた道で途方に暮れたであろうから、それはそれでよしとして、2回にわたる権若峠越えの記録をメモする。


今回のルート
初回;穴内ダム湖側から権若峠を目指す(途中撤退)
車デポ:10時53分>登山口・参勤交代北山道の標識>参勤交代北山道の標識>参勤交代北山道の標識>参勤交代北山道の標識と土佐街道イラスト>倒木が道を塞ぐ・撤退

2回目;南国市釣瓶の登山口から権若峠を越え、一回目の撤退地点を繋ぐ
釣瓶登山口へ>左手渡瀬>釣瓶登り口>「歴史の道 北山道 権若峠まで2㎞」標識>「歴史の道 北山道 権若峠まで1.5km」標識・中休場>「歴史の道 北山道 権若峠まで1000m」の標識>沢場>東西に延びる尾根筋が見える>峠手前の藪漕ぎ>権若峠>山路に向け藪に入る>境界標石>堀割道に出る>土佐北街道の標識>沢筋右岸を進む>鶏石>沢筋に下り左岸に渡る>先回撤退地点>参勤交代北山道の標識と土佐街道イラスト;>「参勤交代北山道」の標識>参勤交代北山道の標識>登山口・参勤交代北山道の標識


初回:穴内ダム湖側から権若峠を目指し、雨と荒れた道のため撤退

車デポ:10時53分
権若峠越えの第一回は国見越えの登山口のあった穴内ダム湖側から取り付くことにした。権若峠の下山口側からの取り付きであり、遍路道で言うところの「順打ち」の三倍困難とされる「逆打ち」であるが、標高も550mほどの峠でもあるし、ピストンで戻れば、「順打ち」での峠への上り口となる南国市の釣瓶まで行くこともないだろうしなあ、といった想いであった。
取り付き口は、先回の国見越えの登山口のあった穴内ダム湖北岸を更に西に進み、赤荒谷橋を越え、両国橋を渡りダム湖南岸に移った地点で県道268号を離れ林道を少し進んだ辺りのようだ。
両国橋を渡るまでは舗装された県道を進み、左に分岐する林道分岐箇所に。分岐箇所の林道は簡易舗装ではあるが、なんとなく舗装もすぐ切れそうであり、県道脇の空きスペースに車をデポし林道を歩きはじめる。
穴内
「土佐地名往来」には「大豊の集落。"助ける"を意味する古語あななう。この地を助け合って開拓した歴史に由来。
両国橋
両国橋の由来は?国を跨るわけでもないのだが、この橋の少し西からダム湖の南へと延びる尾根が香美市と南国市、昔の香美郡と長岡郡の境となっている。それに関係あるのだろうか。不明である。

登山口・参勤交代北山道の標識:11時4分(標高430m)
車をデポし、県道から左に分かれて林道をすすむ。途中から簡易舗装も切れていた。10分ほど歩き、南に入り込んだ等高線に沿った林道の南端をグルリと廻ったあたり、右手に伐採された杉林が広がるところの狭い沢筋(水は流れていない)脇に「参勤交代北山道 権若峠登り口(六八九米)」の標識があった。「六八九米」は権若峠まで689mということだろう。このときは楽勝気分ではあった。



参勤交代北山道の標識;11時16分(標高450m)
標識はあったのだが、足を踏み入れると直ぐに伐採で荒れた杉林の中。踏み跡もなく途方に暮れる。どうしたものかと、それらしき道筋を探していると杉に巻かれた青色のリボン(11時9分)が目に入った。このリボンが土佐北街道の案内かどうか不明であるが、とりあえずリボンの巻かれた杉の先へと進む。
ほとんど成り行きで5分ほど進むと、杉に巻かれた赤いリボンとともに「参勤交代 北山道」の標識を発見。オンコースであることが分かり一安心。

参勤交代北山道の標識;11時23分(標高460m)
標識はあったが、その先も明確な踏み跡はない。杉の伐採箇所を抜け、少し落ち着いた山相の中、踏み跡らしき道筋5分ほど進むと右手は青、左手は赤と青の里リボンが巻かれた立木があり、その先に「参勤交代 北山道」と書かれたプレートが木に巻き付けられていた。
この辺りまで進むと、登山口標識辺りでは掘り込まれてはいるが水が消えた沢筋に水が現れてくる。

参勤交代北山道の標識と土佐街道イラスト;11時25分(標高480m)
沢の左岸(と言うほど大きな沢ではないのだが)を数分進むと赤いリボンと「参勤交代北山道」の案内が立木に巻き付けられており、またその直ぐ先にも坂本龍馬のイラストの描かれた「土佐街道」の標識が大岩手前の立木に巻き付けられていた。

倒木・藪が道を塞ぐ・撤退;11時26分(標高490m)
結構標識も増え、これは楽勝かと思いながら踏み分けられた道を進むと細い立木に赤いリボンが巻かれている。が、その先は倒木で道が塞がれる。一本だけならなんとかなるのだろうが、折り重なった倒木でその先は藪。「半端ない」荒れ具合である。
何処かに踏み跡などないものかとあちらの藪、こちらの藪とルートを探すが、それらしきものは全く残っていない。また間が悪いことに晴れの天気予報にも関わらず雨が降り出す。雨具は用意していなかったのだが、なんとなく空模様が怪しいので杖替わりにもっていたビニール傘で雨を凌ぐが、傘をさしての藪漕ぎは少々難儀。
権若峠まで比高差80mほどで、這い上がるだけならなんとかなりそうだが、今回の目的は土佐北街道のルート探し。このまま悪戦苦闘しても土佐北街道のルートに出合うかどうかわからない。ということで、ここで撤退決定。次回、オーソドックスに南国市釣瓶の登山口から権若峠に向かい、今回の散歩でルート確定した坂本龍馬のイラスト地点までを繋ぐことにする。

初回撤退ルート



2回目;南国市釣瓶の登山口から権若峠を越え、一回目の撤退地点を繋ぐ


釣瓶登山口へ
南国市は国分川が四国山地を抜け高知平野に顔を出す地。ほとんど高知市まで来たよ、などと思いながら高知道の南国インターを下り、国道32号を領石川に沿って少し北に戻り、国道が高知道の真下で領石川(りょうせき)を渡った少し先、宍崎辺りで県道33号に乗り換える。県道33号の分岐点に「権若峠登り口まで3.8km」の標識がある。
領石
「土佐地名往来」には「根曳峠への登り口の集落。地検帖には龍石。竜に似た奇岩?竜岩寺という寺名に由来する?」とある。
宍崎
「土佐地名往来」には、「猪狩りが盛んに行われた戸山郷の入り口の集落。 また猟犬のことをシシザキと言う」とある。
県道33号を亀石まで進み、そこで奈路川に沿って直進する県道にから離れ右折し、領石川に沿った道に入る。分岐点には「ここが釣瓶橋です。権若峠釣瓶登り口まで2.3キロ」の標識がある。
奈路
「四万十町地名辞典」には「山腹や山麓の緩傾斜地を高知県では「ナロ」と言う。高知県だけの地名」とある。

左手渡瀬
領石川に沿って道を北に進むと道の左手に「左手渡瀬」の標識と「権若峠釣瓶登り口まで1.1km」の標識が立つ。
「左手渡瀬」が気になりちょっと立ち寄り。標識には「中谷川を西岸に渡る」との説明もある。何のことだろう?チェックする。 「左手が渡瀬」の意味だろうとおもったのだが、「左手渡瀬」という固有名詞であり、「西岸に渡る」とは、どうも往昔の土佐北街道が五良兵衛川(領石川)に北から合わさる中谷川の右岸へとこの地で渡ったようである。
土佐北街道のこの地までのルート
高知の図書館に行けば詳しい資料もあるのだろうが、ルートに関する資料がWEB上ではあまりヒットしなかった。唯一見つけた『土佐の自然』の記事「参勤交代道(領石‐ゴンニャク峠)の自然と地誌、山崎清憲」だけを頼りに推定すると、「土佐の城を出た街道は、比島・一宮・布師田・中島へと進む。中島で御免方面へと南下する土佐東街道と別れた北街道は領石へと北に道を取る。領石の天満宮の辺りには領石口番所があり参勤交代の休憩所でもあったようであるから、道は領石川の右岸を進んで来たのだろう。
天満宮を越えた北街道は国道32号と高知道が重なり合う辺りで「一之瀬」を渡り領石川左岸に出たようだ。一之瀬の場所は国道32号と高知道が重なり合う辺りにある二つの堰の内、上流側の堰辺りとのこと。
左岸を進む北街道は現在の楠木橋(同書には「楠本)とあるが楠木では?)辺りにあった楠木渡瀬を渡河し、右岸に。
右岸に渡った街道は、北から亀石川が領石川に合流する先で「瓶の本渡瀬」を渡河し再び左岸に移り、奈路川が領石川に合流する地点を領石川沿いに進み、この地で領石川(五良兵衛川)から離れ、中谷川を右岸に渡る」といったルートかと思われる。

釣瓶登り口と梼方面への分岐点;9時12分
土佐北街道が中谷川右岸を進んだ、というのはメモの段階で分かったこと。当日は「左手渡瀬」の標識横にあった「権若峠釣瓶登り口まで1.1km」の標識の案内に従い、中谷川左岸の車道を進む。
ほどなく中谷川に東側から梼山川が合わさる。車道は梼山川に沿って少し進むと釣瓶登り口と梼方面への分岐点に。分岐点には「釣瓶登り口左手200m」「梼方面右」の標識が立つ。道脇にスペースを見付け車をデポし、釣瓶登りへと左手の道を進む。

釣瓶登り口:9時14分(標高150m)
道を進むとほどなく右手に標識が見える。「権若峠登山口」「峠まで二千三百三十米 約2時間半かかる 標高五百五十米」とある。ここが峠への上り口である。



下り付の渡し
標識の手前の立ち木に登山者のために竹の杖が用意されている。なにか手頃なものは無いかと寄ってみると、手書きで「ここが「下り付の渡し」です。昔の飛び石が残っています。ゴンニャク峠までは2㎞430m」と書かれたプレートが立ち木に括られていた。
当日はなんのことかよくわからなかったのだが、メモの段階で梼山川左岸から右岸への渡瀬のことだろうということがわかった。
ということは、参勤交代道は、先ほど「左手渡瀬で中谷川の右岸」に渡ったわけだから、どこかで左岸に渡らなければならない。あれこれチェックすると場所は比定されていないが途中「中渡瀬」で中谷川を左岸に渡り、そのまま梼山川左岸へと進み、「下付の渡し」で梼山川を右岸に渡ったようである。川には飛び石で渡ったという適当な石が並ぶ。参勤交代の折には、板橋を架設したとのことである。

「ゆすの木」が多くある地ではあるのだろう。龍馬脱藩の道を梼原から歩いた、その梼原も同じ由来である。
釣瓶
釣瓶の由来は不明。瓶は「かめ・びん」のことだろう。途中亀石川があったが、その由来は瓶の形をした岩があることに拠る。地検帳では亀石だが、州郡志には瓶岩とある。で、釣瓶だが、「釣瓶落とし」というフレーズがある。一直線に落ちていく様を表す。垂直な大岩でもあった故の命名だろうかと妄想。 因みに,『高知の地名;角川書店』の亀石村の項に、「梼山の西に菎蒻坂を隔てて釣瓶落山がある」とする。上述の妄想、あながち妄想とは言えない、かも。

「歴史の道 北山道 権若峠まで2㎞」標識;9時25分(標高200m)
よく踏み込まれた道、掘り割りの道を10分ほど上り標高を50mほど上げたところに「権若峠まで2㎞」の標識が立つ。中谷川と梼山川の合流点に向けて南西に突き出た尾根筋を上って行くようだ。


「歴史の道 北山道 権若峠まで1.5km」標識・中休場:9時44分(標高370m)
「権若峠まで2㎞」標識から20分、高度を150mほど上げると道の左手に「歴史の道 北山道 権若峠まで1.5km」の標識があり、少し平場となっている。標識の先、道の右手にも標識が立ち「中休場」とある。参勤交代の休憩所といったところだろう。

「歴史の道 北山道 権若峠まで1000m」の標識:9時58分(標高410m)
比較的急な尾根筋の道を上ってきた土佐北街道は、「中休場」では等高線の間隔が広い平場となっており、その先も等高線をゆっくりと斜めに上る。10mほど高度を上げた後、等高線の間隔の広い尾根筋に入り、ゆっくりと高度を20mほど上げたところに「歴史の道 北山道 権若峠まで1000m」が立つ。

沢場;10時18分(標高530m)
「権若峠まで1000m」の標識から先、等高線の間隔も狭まり少し険しくなった尾根筋の道を等高線に垂直に60mほど高度を上げる。標高370m辺りからは尾根筋を離れ、592mピークの山を、トラバース気味に等高線を斜めに60mほど高度を上げると、雑草も幾分水気を帯びたものになり、その先で小さいながらも沢となって水を集める箇所に出る。谷側がちょっと崖っぽい。
登山の時期にもよるのだろうが、沢の前後に草が生い茂り道は見えない。踏み違えて崖に落ちるのは勘弁と、山側に道でもないものかと彷徨うが、それらしき踏み跡はない。結局ものと沢場に戻り、慎重に足元を確認しながら進むと、崖に沿って道が続いていた。草が茂ってなければ、道筋も見え、なんということもない道ではあろうと思う。

東西に延びる尾根筋が見える;10時33分
沢場のルート探しで時間をとったため、距離からすればほんの数分歩いたところで前面が開け、権若峠へと繋がる東西に延びる尾根筋が見えてくる。峠まであと少し。



峠手前の藪漕ぎ;10時36分
東西に延びる尾根筋を見たときには、峠に着いた、くらいのつもりでいたのだが、そのすぐ先で背丈より高い草が一面に拡がり道が消える。左手が一段低くなっており、そこを迂回するのかと取り付き口を探すが、足を踏み入れるようなアプローチもない。
地図には権若峠の表示もないため、目安として目指す方向もわからない。撤退?その言葉もちょっと頭をよぎる。が、もう少しもがいてみようと、地図を見る。登山口には権若峠は標高550mとあった。地図には西の592mピークと東の621mピークの間に結構広い鞍部があり、そこが標高550m。藪に阻まれた場所の目と鼻の先。そこが権若峠であろうと藪漕ぎに入る。
左手の一段低くなっているところに落ちないように、草を踏みしだき、撤退に備えてナイフで草を刈り、道を造りながら成り行きで藪を漕ぐ。と、進み始めて直ぐ草藪を抜け平場に出た。

権若峠;10時49分(標高550m)
平場は一部ぽっかりと草藪がないところがあり、そこに石標が立つ。「参勤交代 北山道」「歴史の道 北山道 権若峠」とあった。西端からは土佐が一望。太平洋まで見下ろせる。
帰りのルートの峠からの下り口をはっきりさせるため、藪から峠の平場に出た箇所の草を刈り込み、ピストン復路時の取り付き口を造る。藪から平場に出るときは問題ないのだが、平場から藪に復路で取り付き口がわからず苦労することが多いためである。刈込を終えて少し休憩をとる。
上記時刻では藪漕ぎから峠まで13分となっているが、これは逡巡・ルート探しなどあれこれ彷徨い、迷ったため。実際は数分、いや一分程度の距離かもしれない。
権若峠までの行動時間は釣瓶の登山口から実質1時間半といったところだろか。登山口には2時間半とあったが、結構ゆっくり歩いてもそれほどはかからないように思う。
権若峠
権若峠までのルート
「コンニャク峠」とも「ゴンニャク峠」ともある。「コンニャク峠」は「土佐地名往来」には「コン ニャクに類した食物の自生する峠」とも書かれており、『土佐の自然』の「参勤交代道(領石‐ゴンニャク峠)の自然と地誌、山崎清憲」の項には「土佐州郡誌には「菎蒻(コンニャクク」を当てている」とある。
コンニャクはゴンニャクとも言うとのことであるので、それなりに理解はできるのだが、『土佐の自然』には続けて「地名の由来はさだかでないが「国府村史」には、延喜官道の「五椅駅」を比定し、約音から転じたもので、頂上の広場を「オムマヤトコ」と記している」との記述がある。浅学のわが身にはこの説明がさっぱりわからない。

古代官道である南海道の駅には土佐の本山に「吾椅(あがはし)駅」があったとされる。五椅駅は「吾椅(あがはし)駅のことではあろうが、「あがはし」が約音(フランス語のリエゾンみたいなもの)から転じて(これも正確には「約音から転じた」の主語が何か不明ではある)、どうして「ゴンニャク」となるのか不明である。全国に「ゴンニャク」と称される山は他にもあるが、どれもその由来は不明となっている。
ついでのことながら、「転じたもので」と「頂上の広場を「オムマヤトコ」と記している」の繋がりも分からない。繋がりを無視すれば「ヤマトコ」は何となく「山床」のような気もするし、鞍部を表す美しい言葉と妄想する。なんの根拠があるわけでもない。
この権若峠を越えれば、土佐北街道に立ち塞がる峠はすべて越えることになるので、いつか土佐街道の峠と里道を繋ぐ折にでも高知の図書館を訪ねればなんらかの資料があることを期待する。

下山路に向け藪に入る;10時53分(標高550m)
水休憩をとり、穴内ダム側へと下ることにする。とはいいながら、下山側も背丈より高い草藪が茂る。草の向こうには木々が茂る。アプローチの目安はなにもない。根拠は何もないのだが、先回の撤退箇所から沢筋が伸びていたので、峠へと入り込んだ550m等高線の突端に向かうことにする。

境界標石;11時2分(標高550m)
強烈な藪を踏みしだき、戻りのために草を刈り先に進むと木立の茂る箇所に。草から木立に変わっただけで強烈な藪に変わりない。木の枝を折り、力任せに先に進むと標石がある(11時2分)。文字は読めないが頭部分が赤く塗られており境界標石のようにも思える。東西の尾根筋は北の香美市と南の南国市の境界である。

堀割道に出る;11時9分(標高550m)
こんな藪を延々と下るのか、などと気が滅入り始めた頃、突然目の前に掘割道が現れる。土佐北街道のルートであってほしいとの思いもさることながら、なんとなく藪漕ぎから解放されそうな予感が嬉しい。

土佐北街道の標識;11時11分
掘割道を下ると、すぐに道の左手に赤いリボンが巻きつけられた木立があり、「参勤交代 北山道」の標識も木に括られている。予想より簡単に土佐北街道に出合えた。こんなにしっかりと踏み込まれた道があるとは、先回の逆ルートの荒れ具合からして予想できず、外れた予想が誠に嬉しい。

沢筋右岸を進む;11時16分(標高540m)
よく踏み込まれほぼフラットな鞍部の道をゆるやかに下る。途中、龍馬をイメージしたような「土佐街道」の標識を見遣り、木に括られた赤いリボンに出合う辺りで南北を550m等高線で囲まれた鞍部を離れ、550m等高線まで切り込まれた沢筋上流端の右岸を540m等高線に沿って巻きながら進むことになる。 道から沢が見えるわけではないが、地図では沢筋との比高差は10mほどあるように思える。

鶏石;11時19分(標高540m)
沢筋右岸を数分進むと赤いリボンの道標があり、その先に大きな岩がみえてくる。「鶏岩」と書かれた標識が木に括られていた。由来などの説明はない。「鶏岩」を越えた土佐北街道は沢筋に向かって下ることになる。道はそれほど荒れてはいない。

沢筋に下り左岸に渡る;11時26分(標高500m)
沢筋へと、5分ほどかけて30mほど下ると右手に荒れた倒木地帯が見えてくる(11時25分)。周りは藪に覆われている。先回の撤退地点に近づいたようだ。
道はその先でささやかな沢を左岸に渡る、両岸には赤のリボンが木に括られたおり、沢を越えて先に進む。

先回撤退地点;11時31分
道が続いて欲しい、との思いは直ぐに消える。沢を越えてすぐ藪や倒木で道が完全に消えている。倒木で荒れた辺りに道が続いていたのだろうが、仕方なし。GPSを頼りに先回撤退地点まで藪漕ぎ、そしていくつもの倒木を乗り越え進むのみ。
藪漕ぎ・倒木乗り越え・倒木潜りではあるが、今回はターゲットポイントがはっきりしているため気持が楽である。先回はどちらに向かえば土佐北街道に出合えるかもわからないため撤退したが、今回は先回の撤退地点までは土佐北街道をトレースしているわけであり、力任せの藪漕ぎではあるが、先の見通しがついており、安心して進むことができた。
どこをどう進んだか、通りやすい箇所を進んだわけであり、このトラックログが土佐北街道とは思わないが、5分ほどで先回撤退した倒木に到着した。

参勤交代北山道の標識と土佐街道イラスト;11時40分(標高480m)
一応道は繋げた。いくつかの倒木の中で最も北にある倒木の北側には赤いリボンも木に括られており、この倒木まではオンコースとは思うのだが、ちょっと気になることがある。 先回この倒木で道が塞がれ、どこかにルートがあるものかと彷徨ったとき、倒木から少し戻った龍馬のイラストのある大岩の辺りから沢を右岸に進む方向にも赤だったか青だったか、ともあれリボンが木に括られていた。リボンの先にも大岩があるのだが、その先も荒れておりリボンもなく雨の中進む気力もなく元に戻った。今回も、なんとなく気になり再度チェック。結局道は見付からなかった。倒木へのルートが北街道のオンコースであるのだろ、と納得。

権若峠から穴内下山口まで

ルート繋ぎ地点から下山口まで

当時はこの地で土佐北街道のルートを繋ぎ終えたとし、ピストンで車デポ地に戻ったのだが、以下、下山口までを先回のメモの時刻を逆転し編集しなおして掲載する。なお、時刻は下山口から先回撤退地点まで実質20分もあったかどうか、といったものであり想定時刻は省略する。

以下は先回のメモの再掲。登山口から撤退地点まで20分程度でもあり、想定時刻は省略する。メモは時刻を逆転し編集し直し掲載する。

「参勤交代北山道」の標識
沢の左岸(というほどの沢でもないく、この辺りから水も消えるが)道を下ると「参勤交代 北山道」と書かれたプレートが木に巻き付けられている。その傍には赤と青のリボンもある。踏み跡らしき道を数分くだると次の標識に出合う。


参勤交代北山道の標識
杉に巻かれた赤いリボンとともに「参勤交代 北山道」の標識。杉の伐採地帯に入り踏み跡などはわからない。それらしき道を進むと杉に巻かれた青色のリボンがある、それを目安に道を下る。とはいうものの、道が消えているだけで、林道が目に入るわけでどちらにせよ、下山の心配はない。

登山口・参勤交代北山道の標識
荒れた杉林の伐採地を数分下り、水はながれてはいないが掘り込まれた沢筋に沿って下ると登山口・参勤交代北山道の標識のある下山口に着く。

これで土佐北街道の峠はすべてクリアした。後日、峠間を繋ぐ里道を辿り、土佐の城下町から愛媛の川之江まで続く土佐北街道を繋いでみようと思う。

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