渋谷川水系散歩 Ⅱ;宇田川を辿る

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渋谷川水系を巡る散歩の2回目は宇田川散歩。川といっても水はない。一部整備されている遊歩道はあるが、あとは暗渠道とか暗渠道っぽい川筋跡のみ。谷筋の最も低い箇所をひたすら歩き、川筋をみつけだす、そんな散歩ではあった。(月曜日, 1月 09, 2006のブログを修正)



1:宇田川
宇田川は明治神宮・代々木公園の西側の谷筋を流れる。幡ヶ谷、初台、富ヶ谷一帯に複雑に広がる開析谷から流れ出る水はすべて代々木八幡駅前に集まり、ひとつになって渋谷駅近くで渋谷川と合流。後は渋谷川として南に下っていた。

宇田川の源流は西原2丁目
源流というか水源は、西原2丁目。代々木大山公園、国際協力機構、製品評価技術基盤機構などが集まるあたり。国際協力機構の敷地内に池がある。このあたりが水源なのだろうか。とにかくこの西原2丁目、3丁目の地形は複雑。狼谷とも呼ばれている。台地と谷が複雑に入り組む。何度かこのあたりを歩いたが、いまだに土地・方向勘がつかめない。凸凹があり、しかも道筋が地形に逆らわずカーブする。うっかりするとすぐ道に迷う。どちらに向っているのかさっぱりわからなくなる。そんな谷筋の水は代々木上原の駅近くまで下る。(「この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。(承認番号 平21業使、第275号)」)


代々木駅前で支流が合流
代々木上原駅近くでは、井の頭通り北の大山町からの支流、そして代々木上原駅の南・上原3丁目の谷筋からの支流も合流。小田急の線路に沿った谷筋を進む。元代々木町の交差点近くでは、西原1丁目からの谷 筋、通称徳川山支流の水も集め代々木八幡の駅近くまで進む。代々木上原駅前から続く商店街を一歩入った路地に、いかにも川筋跡といった痕跡が続いていた。

宇田川遊歩道
すべての川筋が集まる代々木八幡駅前。商店街を井の頭通りに向って少し歩く。宇田川の川筋は商店街から一筋東に入る。ここからは宇田川遊歩道として暗渠道が整備されている。

井の頭通りと交差
道なりに進み井の頭通りと交差。井の頭通りは代々木公園の台地手前で右ターン。台地に沿って渋谷に向う。宇田川遊歩道は井の頭通り平行して渋谷に向う。井の頭通りの西側を進む。宇田川町に入り、東急百貨店と東急ハンズの間の三角地点BEAMで井の頭通りと合流。

渋谷の繁華街に
ここから先は渋谷の繁華街で川筋ははっきり確認できない。が、成り行きから推測すれば、合流点から井の頭通りを道なりに進み、西武A館・西武B館の間を通り、井の頭通り入口で明治通りと交差、JRの高架下をくぐり、東急インの裏手あたりで渋谷川と合流する、のだろう。




2;宇田川支流・河骨川を辿る
宇田川本流に続き、支流を辿る。すべて、代々木八幡の駅近くで宇田川と合流する。春の小川で有名な河骨川から:河骨川。コウホネ、って少々無骨な名前。水生植物の名前だが、根が動物の骨に似ていることからこの名前がついた。で、この河骨が群生したのどかな小川が流れていたのだろう。






河骨川は「春の小川」のモデル
この川、小学唱歌「春の小川」のモデル。当時この川筋の参宮橋に住んでいた高野辰之氏、「朧月夜」「ふるさと」で知られる作詞者がこの川をモデルに作詞した。とはいうものの、高野さんの元歌は;
春の小川は さらさら流る 岸のすみれや れんげの花に 匂いめでたく 色うつくしく
咲けよ咲けよと ささやく如く
春の小川は さらさら流る 蝦やめだかや 小鮒の群に 今日も一日 ひなたに出でて
遊べ遊べと ささやく如く
春の小川は さらさら流る 歌の上手よ いとしき子ども 声をそろえて 小川の歌を
歌え歌えと ささやく如く
以下が我々が歌う「春の小川」;林柳波さんが文語を口語に直している;
春の小川は さらさら行くよ 岸のすみれや れんげん花に すがたやさしく 色うつくしく
咲いているねと ささやきながら
春の小川は、さらさら行くよ えびやめだかや こぶなのむれに 今日も一日 ひなたでおよぎ
遊べ遊べと ささやきながら

河骨川の源流は代々木4丁目
河骨川の源流というか水源は甲州街道・初台に近い代々木4丁目・刀剣博物館あたり。複雑な凸凹。大雑把に言えば北、西、東の台地に囲まれたすり鉢低地を川筋が通る。代々木4丁目39あたりからいかにも川筋っぽい道が現れる。
少し歩く。南に下る川筋と西方向・山手通り方面に進む川筋に分岐。西方向への道筋を辿る。山手通りで行き止まり。山手通りを越え初台あたりの玉川上水からの分水だろう、と思う。

小田急参宮橋近くで小田急と交差
南に下る川筋は代々木4丁目の民家の間を縫って進む。小田急参宮橋の少し南で小田急と交差。代々木の青少年センター前あたりで小田急の東側に出る。代々木公園沿いの道路に沿って進む。が、すぐ小田急線路に沿った細い道筋になる。

「春の小川」の記念碑
民家の軒先を進む。代々木小公園前、右折すれば代々木八幡に向う踏み切りの手前に「春の小川」の記念碑。今となっては川もなく、水もなく、人ひとり通れるかどうか、といった暗渠道。線路に沿って代々木八幡駅南に下り、道なりにすすむと駅前商店街・富ヶ谷1丁目7あたりで宇田川の川筋に合流する。

水系近辺の忘備メモ;

明治神宮
河骨川跡を歩いたのはお正月。小田急参宮橋から明治神宮に参拝した。明治神宮は私の結婚式をおこなったところ。少々奮発してお賽銭を。で、明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をおまつりした神社。

代々木公園

初詣をすませ、代々木公園に出る。明治神宮・代々木公園の台地は江戸時代、彦根藩井伊家の下屋敷をはじめとする大名や旗本の屋敷跡。明治になり陸軍の代々木練兵場、終戦後は駐留軍・占領米軍の宿舎のワシントンハイツ、東京オリンピックを機に返還され、オリンピックの選手村になる、といったように歴史の舞台になっている。




代々木公園はしばしば歩く。このお正月も原宿からの帰り、代々木公園を抜けるコースを歩いた。
途中石碑が。「日本航空発祥の地」。1910年(明治43)、この代々木練兵場において徳川大尉が日本初の飛行。アンリ・ファルマン式50馬力複葉機、高さ70m、距離3kmを4分間飛行、 の偉業を記念したもの。歴史の舞台、といえば代々木練兵場には陸軍刑務所があった。いまのNHKのあたりだが、2・26事件に関与した軍人が、軍法会議により銃殺に処せらたところでもある。

いつだったか、代々木八幡の丘から小田急、そして代々木の台地に広がるワシントンハイツの写真をみたことがある。のどかな風景。河骨川はこの風景の中を流れていたわけで、であるとすれば「春の小川」の雰囲気は納得。

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