六郷用水散歩 Ⅲ;南堀を辿る

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六郷用水散歩も3回目。先回の続き、南堀跡を巡ることに。六郷用水が多摩川に注いでいたあたりも確認。南堀散歩を締めくくる。(木曜日, 1月 19, 2006のブログを修正)



本日のコース;京浜東北線の蒲田駅下車>西蒲田公園>金剛院>大田区区民センター>志茂田中学>JR交差>新宿小学校・「六郷用水新宿ミニパーク」>蒲田署>多摩川土手>六郷ポンプ所>六郷水門>六郷橋>六郷神社>雑色駅>蒲田駅 

京浜東北線?・蒲田駅

京浜東北線の蒲田駅下車。西蒲田8丁目の西蒲田公園に再び。水路跡を確認。光明寺方面から環八にそって下ってきた水路は東急多摩川線と環八が交差するあたりで環八から離れ、新蒲田2丁目の金剛院脇から南東に下っている。最初のランドマークは金剛院。
線路に沿って進み環八と交差。少し下ったところに金剛院。金剛院脇に六郷用水物語の案内。南西に大田区の区民センターに下る道が水路跡。区民センターまで進む。なにか用水に関する情報がないものかとセンター内に。特に何も無し。
センターの南は、蒲田電車区。操車場だろう。用水跡の地図によれば電車区の敷地内で西・・東・南の3方向に分岐している。蛸の手、と呼ばれていた、とか。操車場を迂回し志茂田中、志茂田小の脇をとおり京浜東北線を渡る。(「この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。(承認番号 平21業使、第275号)」)


六郷用水新宿ミニパーク
東方向への水路のランドマークは、蒲田電車区の線路を隔ててすぐ南にある蒲田高等学校・新宿小学校。蒲田西公園の案内図によれば、そのあたりに「六郷用水新宿ミニパーク」がある。名前からすれば何らかの新たな情報があるか、とも思い歩を進める。
蒲田高等学校と新宿小学校の間に本当に言葉どおりの「ミニ」パークがあった。東方向・糀谷方面への水路跡情報があった。
環八を越え、糀谷村の南・萩中村の北を通り浜竹用水・南前堀で東京湾に下る、と。大雑把にいえば北前堀(緑地)方面に続く水路と、南前堀(緑地)方面に続く水路があったよう。これが東方向に進む水路。東方向への水路跡巡りはまたの機会、ということにして今回は南方向への水路跡を辿り、下流から逆に西方向への水路を登ることにした。ランドマークは、蒲田署、正覚寺、そして本羽田1丁目公園。

多摩川堤

蒲田署のある第一京浜に進む。道を隔てたデニーズ脇にいかにも水路跡らしき道筋。歩いていると六郷物語の案内が。道路にシンボルマークが描かれており、大体 の方向の指示もある。助かる。まったくの民家の軒先を進む。途中、どこで間違ったか正覚寺、そして本羽田1丁目公園は見逃した。が、あえて戻ることもないかと、先に進み多摩川堤に登ることにする。ガマなのかどうなのか名前は知らないけれども、川中の洲の植生が豊か。湿地の保護が進んでいるのだろう。いい雰囲気になっている。

六郷水門
土手を進む。六郷ポンプ所。ポンプ所、って大雨のときに下水管が雨水で飽和状態になり配水機能がなくなるのを防ぐためのもの。下水に充満する雨水を汲み上げ川に放水する。ポンプ所のすぐ隣に六郷水門。メモする段階で分かったのだけれど、これって六
郷用水の排水口。狛江からの水の流れの最終地点、ということになる。偶然ではあったけど、六郷用水が多摩川に流れ込む地点に至った。至極ラッキー。
水門が造られた理由は六郷用水の歴史的役割の変化による。用水は元々灌漑のためつくられた。が、昭和に入り六郷地区の宅地化による生活廃水の増加とか、田畑の減少による用水路の水量増大。灌漑用の水を必要としなくなるのだから水量が増えるのは当然か。で、大雨時に多摩川に排水しきれず浸水地域が拡大。また、多摩川の水位上昇による川の水の逆流もある。こういった被害を防ぐため配水口を拡げ、適宜多摩川と六郷用水を遮断するために水門が設けられた、ということ。また、先ほどのポンプ所は、水門からの自然排水だけでは処理できなくなったためつくられた、と。

六郷橋
河川敷に多摩川六郷橋緑地。六郷橋の袂に。「六郷渡れば川崎の万年屋。鶴と亀とのよね饅頭」という、お江戸日本橋の歌詞フレーズが浮かぶ。よね饅頭を復活させた饅頭屋が鶴見にある、という。散歩の帰りに鶴見駅まで行ってみた。定休日。その後、自宅から自転車で20キロ、お饅頭を買いに出かけた。またまたお休み。日曜日が休み、などと考えてもみなかったのだけれども。またまたその後、自転車で鶴見まで。三度目の正直でよ
ね饅頭をゲットした。ちなみに、お江戸日本橋の歌詞を知っている人は、周囲にほとんどいなかった。少々愕然。
「お江戸日本橋」;
お江戸日本橋 七つ立ち
初のぼり
行列そろえて
アレワイサノサ
コチャ 高輪(たかなわ)
夜あけて 提灯(ちょうちん)けす
コチャエ コチャエ

六郷(ろくごう)わたれば 川崎の
万年屋(まんねんや)つるとかめとの
米饅頭(よねまんじゅう)
コチャ 神奈川
急いで 保土ヶ谷(ほどがや)へ
コチャエ コチャエ

六郷神社
第一京浜に沿って六郷神社に。六郷地区の総鎮守である八幡宮。源氏とのつながり強く、というか八幡って源氏の守り神なので当然なのだが、源頼義・義家親子がこの地の大杉に白旗を掲げ岩清水八幡に戦勝祈願。前九年の役に勝利。お礼に神社創建。頼朝も奥州遠
征の折、戦勝祈願。お礼に社殿寄進。また、徳川家康は神領として朱印状を発行する。六郷神社が八幡宮の巴紋とともに徳川の葵紋をともに使う所以。徳川家の遠祖は八幡太郎義家、って、言ってるわけだから当然か。
六郷神社を出る。水路跡を上流に向って逆に歩く。第一京浜に沿って進む。雑色駅手前で第一京浜をこえる。第一京浜と並んで進む雑色商店街の道路を進む。しばし進み北に折れ、蒲田電車区南の分岐点に到着。本日の散歩終了

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