六郷用水散歩 Ⅱ;南堀・北堀の分岐を越えて新田神社に

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先回の散歩の最終地点、東急田園都市線・多摩川の駅から散歩を始める。一路南に下り、途中分岐する用水を南堀跡に沿って進み、多摩川の矢口の渡しのあたりまで進む。(水曜日, 1月 18, 2006のブログを修正)


本日のルート;東急田園都市線・多摩川駅>中原街道交差>東光院>新幹線交差>蜜蔵院>観蔵院裏・女堀跡>護摩堂の洗い場>増明寺>鵜の木八幡>環八・藤森稲荷交差点>光明寺>玉川の堤>新田神社

東急田園都市線・多摩川
浅間神社前に。水路が切れており、この先どうしたものやら、とは思いながら、とりあえず東急多摩川線を渡り、線路沿いの道を進む。中原街道と交差。多摩川に丸子橋が。狛江の和泉から続いた次太夫堀というか丸子川という呼び名はここまでとしよう。この先は本格的に六郷用水巡り。とはいいながら、水路は見つかるのだろうか、と少々不安であった。中原街道下のトンネル。昭和初期につくられた大田区内最初のトンネル。トンネルをくぐるとすぐ水路跡があった。大安心。 六郷用水物語という案内図も。案内図にある水路跡の地図は消えかかり、少々見えづらい。が、なんとか大枠での道筋をメモする;
1. 六郷用水は東急多摩川線に沿って下り、観蔵院脇を抜け環八近くの光明寺近くに進む(「この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。(承認番号 平21業使、第275号)」)

2. ここで北堀と南堀に分岐
3. 北堀は平間街道・池上通りに沿って東にすすみ、池上本門寺から環七方面に至る。で、環七を越えたあたりから東京湾に流れ込んでいる
4. 南堀は環八に沿って下り、東急多摩川線と交差。そこから環八を離れ、金剛院の脇を志茂田中学あたりに向って進みJR京浜東北線と交差
5. JR京浜東北線を越えたあたりで3方向に分岐
6. 新宿小学校のあたりから西に進み環八を越え、糀谷から東京湾に至る水路
7. 新宿小学校のあたりから南に進み萩中の正覚寺から本羽田1丁目児童公園に至る水路
8. JR京浜東北線を越え、南西方向に進み、京急・雑色駅から六郷神社、そして東に進み本羽田1丁目公園の水路と繋がる。
といった水路が、大雑把ではあるが確認できた(水路の概要図をアップ)。もとより、用水路である以上、この幹線をもとに水路は静脈・動脈・毛細血管の如く網の目の如く拡がるのではあろう。が大体のランドマークがわかった。歩を進める。

新幹線と交差
水路に沿った遊歩道を進む。東光院。真言宗。聖観世音菩薩は北条政子の念持仏とか。これって、浅間神社の由来書にあった、政子の聖観世音菩薩と同じもの?六郷用水・遊歩道休憩所がある。東光院を越えると水路は切れる。なんとなく水路跡だろう、といった名残りを求めながら進むことにする。新幹線と交差。蜜蔵院。真言宗智山派。大田区最古の庚申塔がある、とか。道の左手は結構な台地。坂の途中にある大田区図書館には昔来たことがある。

女堀(おなぼり)跡
道なりに進む。観蔵院裏の台地に沿って急勾配の坂道が左手に登る。さて右に下るか、左に上るか。なんとなくのぼりの坂道がそれっぽい。ということで進む。坂 を登りきったあたりに六郷用水物語の案内。女堀(おなぼり)跡の説明。このあたり、岩盤も固く用水開削時の難所のひとつ。工事の景気つけに女性を交えて開削を進めた、というのが女堀の由来。今は埋め立てられ、一見すると普通の坂道。が、昔はこの坂道は切り通しの水路が通っていた。

護摩堂の洗い場跡
坂道を下るたあたりに護摩堂の洗い場跡。もともとは水田の灌漑用の水として機能した六郷用水だが、時代が下り大正時代になると出荷野菜の洗い場に。あたりの水田が宅地となってしまい、灌漑する必要がなくなった、ということか。左手に小高い丘、右側にはいかにも重厚な民家。鵜の木交差点近くで環八と交差。道向こうに、水路跡らしき道筋が。環八を渡る。水路跡の西・東にある増明寺と鵜の木八幡に寄り道。どちらも台地上。


より大きな地図で 六郷用水流路 を表示

北堀と南堀の分岐点
あてどなく台地を歩き水路跡に戻る。環八・藤森稲荷交差点に。このあたりが北堀と南堀の分岐点。下丸子への分水口跡の案内があった。これは分流。昔は石組み 
のトンネルがあり、環八の西側の下丸子1丁目方面に水を送っていた、と。道の向こうに光明寺。このお寺って、昔環八の南下を阻止していたあのお寺。結構長い間行政と争っていたような気がする。

矢口の渡し
さてと、北堀を東に進むか、南堀を南下するか少々考える。が、南下することにす る。日も傾いてきた。どこまで進めることやら。矢口の渡しの「今」の風景を見ようと、多摩川堤に進む。道なりに歩く。多摩川清掃工場脇から堤に登
り、多摩川の土手を第二京浜道路まで進む。味も素っ気もない風景を想像して
いたのだが、結構いい。のどか。豊かな自然が戻りつつあるよう。

新田神社
堤を離れ武蔵新田駅方面に。こ新田神社に向かう。立派な神 社。鎌倉幕府を倒した新田義貞の子・新田義興を祀る。南北朝時代、南朝・後醍醐天皇の武将として活躍。矢口の渡しにて足利基氏と畠山国清により謀殺される。その後、実行犯の江戸氏や畠山氏に祟り。また矢口の渡しに怪しい火が現れ住民を悩ます。で、たたりを恐れた住民が新田大
明神としてお祀りした。境内にはご神木の欅。謀殺に加担した畠山一族ゆかりの
者が近づくと雨を降らし、唸り声をあげるという狛犬。円墳も。
平賀源内がこの円墳に生える竹を使い「矢守」をつくる。これが正月名物「破魔矢」のおこり。「破魔矢」を日本で最初に売り始めたのはこの新田神社、とか。本日
の散歩は終了。

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