今年の連休、会社の仲間と屋久島に行った。砂時計の如く薄れ・消えゆく記憶に抗い、散歩の記録をメモしておく、と書いたことがある。最近はマジに「軽くヤバイ」。散歩の記録、キチキチとメモしなければ。
きっかけは何だったか覚えてはいない。ある日、「屋久島に行きません。縄文杉を見に行きませんか」、とのお誘い。田舎生まれの我が身としては、なにが悲しく て、またはなにが嬉しくて杉など見に行きたいのか、その心持ちは定かには分からない。しかも往復10時間も歩いて行く、という。が、その場の雰囲気で「ええよ」と言ってしまった。杉は別にしても、森を歩くのはいいものだろう、と言った程度の心持ち。結局4泊5日の旅と相成った。
屋久島空港
初日。羽田から鹿児島、鹿児島からはJAC日本エアーコミューターに乗り継ぎ屋久島に。空港で予約していたレンタカーを借りて民宿に急ぐ。森は深い。緑は豊か。山並みが聳える。九州最高峰の峰もあるという。山の姿としてはハワイの山々といった雰囲気。火山島ゆえか。
民宿・勝丸
のどかな道筋。民宿・勝丸に到着。どいうった手違いなのか、大部屋に全員一緒に、ということに。うら若き女性2名, 少々若い女性1名、少々若い男性2名、そして彼ら・彼女らの父親といった年恰好の私といった6人パーティである。
千尋の滝
ちょっと休憩。そのあと宮之浦港のあたりをブラブラと。鹿児島からのフェリー乗り場が。島一番の繁華街(?)、といったところ。観光物産センターで焼酎調達。後は夕方まで島内観光。レンタカーで島の反対側まで。千尋の滝、大川の滝などを見る。千尋の滝は花崗岩一枚岩の雄大な眺め。落差60m。大川の滝。落差80m。屋久島最大の滝。渇水期のようで、写真でみる雄大なる瀑布を堪能することはできなかった。途中、ところどころにあるガジュマルの樹を眺めながら民宿に戻る。
民宿は料理民宿といった風。海の幸・山の幸満載。これで6,000円程度の宿泊料で経営は大丈夫なのだろうか、と他人事ながら心配になる。豪華な料理であった。で、明日の登山のお弁当の予約だけをすませ宴会に。焼酎で酩酊するもの、島歌にあわせて踊り狂うもの、とっとと寝るもの、それぞれのスタイルで屋久島第一夜を。
縄文杉に
二日目。翌朝5時頃起床。時間が遅くなれば登山口までの道路が混むといったこともあり、弁当を受け取り登山口へ急ぐ。海岸線を安房まで。山方向に右折。山道に入っていく。
屋久杉ランド
尾 根に上りきったあたり、屋久杉ランドへの案内。「縄文杉まで10時間も歩くのはちょっと」、といった方にはここがいいかも。標高1,000m~1,300m。樹齢数千年の屋久杉を始め、苔・シダ類に覆われた原生林。安房川支流・荒川にそった森に30分コースから150分コースまで、いくつかの散策コースがつくられている。
荒川登山口
きっかけは何だったか覚えてはいない。ある日、「屋久島に行きません。縄文杉を見に行きませんか」、とのお誘い。田舎生まれの我が身としては、なにが悲しく て、またはなにが嬉しくて杉など見に行きたいのか、その心持ちは定かには分からない。しかも往復10時間も歩いて行く、という。が、その場の雰囲気で「ええよ」と言ってしまった。杉は別にしても、森を歩くのはいいものだろう、と言った程度の心持ち。結局4泊5日の旅と相成った。
屋久島空港
初日。羽田から鹿児島、鹿児島からはJAC日本エアーコミューターに乗り継ぎ屋久島に。空港で予約していたレンタカーを借りて民宿に急ぐ。森は深い。緑は豊か。山並みが聳える。九州最高峰の峰もあるという。山の姿としてはハワイの山々といった雰囲気。火山島ゆえか。
民宿・勝丸
のどかな道筋。民宿・勝丸に到着。どいうった手違いなのか、大部屋に全員一緒に、ということに。うら若き女性2名, 少々若い女性1名、少々若い男性2名、そして彼ら・彼女らの父親といった年恰好の私といった6人パーティである。
千尋の滝
ちょっと休憩。そのあと宮之浦港のあたりをブラブラと。鹿児島からのフェリー乗り場が。島一番の繁華街(?)、といったところ。観光物産センターで焼酎調達。後は夕方まで島内観光。レンタカーで島の反対側まで。千尋の滝、大川の滝などを見る。千尋の滝は花崗岩一枚岩の雄大な眺め。落差60m。大川の滝。落差80m。屋久島最大の滝。渇水期のようで、写真でみる雄大なる瀑布を堪能することはできなかった。途中、ところどころにあるガジュマルの樹を眺めながら民宿に戻る。
民宿は料理民宿といった風。海の幸・山の幸満載。これで6,000円程度の宿泊料で経営は大丈夫なのだろうか、と他人事ながら心配になる。豪華な料理であった。で、明日の登山のお弁当の予約だけをすませ宴会に。焼酎で酩酊するもの、島歌にあわせて踊り狂うもの、とっとと寝るもの、それぞれのスタイルで屋久島第一夜を。
縄文杉に
二日目。翌朝5時頃起床。時間が遅くなれば登山口までの道路が混むといったこともあり、弁当を受け取り登山口へ急ぐ。海岸線を安房まで。山方向に右折。山道に入っていく。
屋久杉ランド
尾 根に上りきったあたり、屋久杉ランドへの案内。「縄文杉まで10時間も歩くのはちょっと」、といった方にはここがいいかも。標高1,000m~1,300m。樹齢数千年の屋久杉を始め、苔・シダ類に覆われた原生林。安房川支流・荒川にそった森に30分コースから150分コースまで、いくつかの散策コースがつくられている。
荒川登山口
が、今回は縄文杉散歩。標高900m強の荒川分岐から屋久杉ランドとは逆方向に谷を下る。荒川ダムを過ぎ、午前6時頃荒川登山口に到着。標高600m程度。
すでに結構混雑していた。雨が降り始める。月に35日雨が降る、というこの地、致し方なし。トロッコ置き場の軒を借り、雨具を羽織り出発。標高差約700m、片道11km、往復時間は休憩を入れて10時間といった縄文杉日帰り散歩のスタートである。
小杉谷
トロッコ軌道のある道を歩きはじめる。すぐに軌道橋。出発し45分程度で小杉谷に。小杉谷学校跡など杉の伐採が盛んな頃の集落跡。杉伐採盛んなりし頃は500名ほどの住人が住んでいたとか。ちなみに「小杉」とは樹齢1000年以下の杉のこと。「屋久杉」と称するには1000年以上の樹齢がミニマムリクアイアメント。 (「この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。(承認番号 平21業使、第275号)」)
三代杉
小杉谷集落跡から30分弱で楠川歩道出会。楠川方面から登ってくる登山道との合流点。白谷雲水峡からのルートでもある。軌道のすぐ右わきに三代杉。伐採された杉の株に着生した杉が育っていく切株更新で三代目。そしてこの名前がついたとか。
初代の杉が2000年で倒れ、更新した2代目の杉が1000年に伐採、その後生長した杉が数百年たったものが、現在のこの杉であるという。
大株歩道入口
軌道左側に仁王杉。登山道より少し離れた所にある。大株歩道入口に。荒川登山口からほぼ8.4キロ。2時間半ほど歩いた平坦な道・軌道道もここでおしまい。これからが本格的な山道になる。
翁杉
しばらく進むと翁杉。幹周12m。屋久島第2の巨樹。幹は様々な寄生植物で覆い尽くされている。この付近より翁岳が望めることから、この名前がついたとか。ここから巨樹の森に踏み行っていくこととなる。
ウィルソン株
翁杉からしばらく行くとウィルソン株。大株歩道入口から30分程度。大きな切り株。幹径14メートル。1500年代末に秀吉の命による京都方向寺建立のために伐採された、とか。が、400年経った今でも、その株は朽ちていない。そしてそのことは屋久島の杉は何ゆえかくも大きくなるのか、ということと表裏一体。
一般に杉の樹齢は300年ほど。樹齢2000年、3000年にも成長するのは、月に35日雨が降る、つまりは海岸近くで年間4,000mm、山中では10,000mといった雨の恵み、それと、島の成り立ちそのものによることが大きい。
屋 久島は一枚の花崗岩からできているとも言われる。マグマが冷え固まってできた花崗岩の島の実感をつかむには、千尋の滝のあの巨大な一枚岩の花崗岩を見れば一目瞭然。屋久島の土台は花崗岩からなる。ということは、栄養分の補給が乏しい。つまりは、杉の育ちが悪い、というか遅くなる。で、年輪の幅が緻密になる。材は硬くなる。樹脂道に普通の杉の約6倍ともいわれる樹脂がたまる。樹脂には防腐・抗菌・防虫効果がある。そのため屋久杉は長い年月の間不朽せずに生き続けられる、ということだ。
ちなみに、「月に35日雨が降る」って林芙美子の『浮雲』の中で語られたフレーズ。ついでに、「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」も林芙美子の有名なフレーズ。
ウイルソン株という名前は大正時代にこの株の存在を広めた植物学者の名による。ウィルソン一行は、この株で雨宿りをしたという。我々パーティもしばし雨宿り。株の中には祠が。そのすぐわきには清水が涌きでていた。
大王杉
ウィルソン株からしばらくは急な登り。ここからがもっとも厳しい登りだろう。大王杉が。昭和41年の縄文杉発見までは、屋久島を代表する杉。樹齢は3,000年近いとか。
大王杉を越え夫婦杉。斜めの枝で二本の杉がつながっている。いわゆる連理と呼ばれるもの。森が美しい。品がある。
縄文杉
夫婦杉からしばらく歩くと縄文杉の展望台。ウイルソン株から1時間半弱、大株歩道入口から2時間半程度で着いた。標高1,280m。樹齢7200歳とか世界遺産登録などで一躍有名になった。もっとも約6,300年前の喜界カルデラ生成時の火砕流により、屋久島は甚大な被害を被っており、それが事実とすれば、そのときに屋久島の杉は壊滅的打撃を受けたはず。それ以前の杉はありえないってこと。樹齢7,200年説は怪しくなってくる。
が、そんなことはどうでもいい。勇壮なる巨木である。私はそうでもないが、パーティのひとりなど、感激のあまり、目がウルウルしていた、よう。
近くで休憩。野生の鹿・ヤクシカが挨拶に来た。人懐こい。後は来た道を逆に一路民宿に。本当に10時間程度の縄文杉への散歩であった。
白谷雲水峡
3 日目。雨。白谷雲水峡を目指す。白谷雲水峡は宮之浦川の支流、白谷川の上流にある自然休養林。宮之浦からおよそ12キロ。標高620メートルのところまでレンタカーで山に登る。アップダウンを繰り返し、ひたすらの上り。雲海の上に、といった雰囲気。標高としては、照葉樹林からヤクスギ林への移行帯にあたる。渓流の美しさはひときわ、のはず。山登りより、沢筋を歩くのが趣味のわが身ではある。が、本日は雨。沢など水であふれ、進むこと叶わず。映画「ものの け姫」の森のイメージのモデルになったとかいう、この品のいい森を歩くのが楽しみであった。少々残念。いつかの機会に、ということにしよう。
フェリーで鹿児島に
最終日;天候悪い。飛行場に。が、天候不順のため、飛行機の発着できず。待ち人の中に俳優佐々木蔵之助が。女性たちの静かなる喜び、ひとしお。結局飛行機離着陸できず。宮之浦からの水中翼船・トッピーも一杯。
結局、宮之浦からフェリーで鹿児島に。水中翼船の倍4時間程度かかるが、仕方なし。鹿児島本港着。予定外の鹿児島の夜を楽しみ、翌日は鹿児島の街を楽しみツアー終了となる。
屋久島に来るまでは、小さい島であろうと思っていた。何時間か歩けば一周できるのではないか、などとも思っていた。結構大きな島である。周囲132キロほど。一周するには車で4時間程度走る必要があるだろう。
また、コバルトブルーの海に「聳え立つ」島である。洋上アルプスとも呼ばれる。実際、宮之浦岳は標高1,935m。九州最高峰の山である。それ以外にも1,000メートルを超える山が40あるという。山登りもよし、沢歩きもよし、森を歩くのもまたよし。今回で土地勘がわかった。次回は白谷雲水峡から楠川登山道、宮之浦岳といったコースを歩いてみたいと思う。
ちなみに、屋久島の「屋久」の語源、はっきりしない。「細長く伸びた半島」といった説もある。が、はっきりしない。そういえば東京の荒川区に屋久という地名が。「奥」といった意味らしいのだが、これもはっきりしない。
そうこうしているうちに、屋久島同行のひとりが調べてくれた。鎌田慧さんの『日本列島を往く(4)』。によれば;往時、屋久島を男島、種子島を女島と称(とな)え、其語源はアイヌ語のタンネ(細長い意-種子島)、ヤック(鹿の意-屋久島)にあると言う。はてさて。地名の語源にアイヌ語から、というのは少々食傷気味。問題意識として「屋久」の語源を温めておこう。
すでに結構混雑していた。雨が降り始める。月に35日雨が降る、というこの地、致し方なし。トロッコ置き場の軒を借り、雨具を羽織り出発。標高差約700m、片道11km、往復時間は休憩を入れて10時間といった縄文杉日帰り散歩のスタートである。
小杉谷
トロッコ軌道のある道を歩きはじめる。すぐに軌道橋。出発し45分程度で小杉谷に。小杉谷学校跡など杉の伐採が盛んな頃の集落跡。杉伐採盛んなりし頃は500名ほどの住人が住んでいたとか。ちなみに「小杉」とは樹齢1000年以下の杉のこと。「屋久杉」と称するには1000年以上の樹齢がミニマムリクアイアメント。 (「この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。(承認番号 平21業使、第275号)」)
三代杉
小杉谷集落跡から30分弱で楠川歩道出会。楠川方面から登ってくる登山道との合流点。白谷雲水峡からのルートでもある。軌道のすぐ右わきに三代杉。伐採された杉の株に着生した杉が育っていく切株更新で三代目。そしてこの名前がついたとか。
初代の杉が2000年で倒れ、更新した2代目の杉が1000年に伐採、その後生長した杉が数百年たったものが、現在のこの杉であるという。
大株歩道入口
軌道左側に仁王杉。登山道より少し離れた所にある。大株歩道入口に。荒川登山口からほぼ8.4キロ。2時間半ほど歩いた平坦な道・軌道道もここでおしまい。これからが本格的な山道になる。
翁杉
しばらく進むと翁杉。幹周12m。屋久島第2の巨樹。幹は様々な寄生植物で覆い尽くされている。この付近より翁岳が望めることから、この名前がついたとか。ここから巨樹の森に踏み行っていくこととなる。
ウィルソン株
翁杉からしばらく行くとウィルソン株。大株歩道入口から30分程度。大きな切り株。幹径14メートル。1500年代末に秀吉の命による京都方向寺建立のために伐採された、とか。が、400年経った今でも、その株は朽ちていない。そしてそのことは屋久島の杉は何ゆえかくも大きくなるのか、ということと表裏一体。
一般に杉の樹齢は300年ほど。樹齢2000年、3000年にも成長するのは、月に35日雨が降る、つまりは海岸近くで年間4,000mm、山中では10,000mといった雨の恵み、それと、島の成り立ちそのものによることが大きい。
屋 久島は一枚の花崗岩からできているとも言われる。マグマが冷え固まってできた花崗岩の島の実感をつかむには、千尋の滝のあの巨大な一枚岩の花崗岩を見れば一目瞭然。屋久島の土台は花崗岩からなる。ということは、栄養分の補給が乏しい。つまりは、杉の育ちが悪い、というか遅くなる。で、年輪の幅が緻密になる。材は硬くなる。樹脂道に普通の杉の約6倍ともいわれる樹脂がたまる。樹脂には防腐・抗菌・防虫効果がある。そのため屋久杉は長い年月の間不朽せずに生き続けられる、ということだ。
ちなみに、「月に35日雨が降る」って林芙美子の『浮雲』の中で語られたフレーズ。ついでに、「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」も林芙美子の有名なフレーズ。
ウイルソン株という名前は大正時代にこの株の存在を広めた植物学者の名による。ウィルソン一行は、この株で雨宿りをしたという。我々パーティもしばし雨宿り。株の中には祠が。そのすぐわきには清水が涌きでていた。
大王杉
ウィルソン株からしばらくは急な登り。ここからがもっとも厳しい登りだろう。大王杉が。昭和41年の縄文杉発見までは、屋久島を代表する杉。樹齢は3,000年近いとか。
大王杉を越え夫婦杉。斜めの枝で二本の杉がつながっている。いわゆる連理と呼ばれるもの。森が美しい。品がある。
縄文杉
夫婦杉からしばらく歩くと縄文杉の展望台。ウイルソン株から1時間半弱、大株歩道入口から2時間半程度で着いた。標高1,280m。樹齢7200歳とか世界遺産登録などで一躍有名になった。もっとも約6,300年前の喜界カルデラ生成時の火砕流により、屋久島は甚大な被害を被っており、それが事実とすれば、そのときに屋久島の杉は壊滅的打撃を受けたはず。それ以前の杉はありえないってこと。樹齢7,200年説は怪しくなってくる。
が、そんなことはどうでもいい。勇壮なる巨木である。私はそうでもないが、パーティのひとりなど、感激のあまり、目がウルウルしていた、よう。
近くで休憩。野生の鹿・ヤクシカが挨拶に来た。人懐こい。後は来た道を逆に一路民宿に。本当に10時間程度の縄文杉への散歩であった。
白谷雲水峡
3 日目。雨。白谷雲水峡を目指す。白谷雲水峡は宮之浦川の支流、白谷川の上流にある自然休養林。宮之浦からおよそ12キロ。標高620メートルのところまでレンタカーで山に登る。アップダウンを繰り返し、ひたすらの上り。雲海の上に、といった雰囲気。標高としては、照葉樹林からヤクスギ林への移行帯にあたる。渓流の美しさはひときわ、のはず。山登りより、沢筋を歩くのが趣味のわが身ではある。が、本日は雨。沢など水であふれ、進むこと叶わず。映画「ものの け姫」の森のイメージのモデルになったとかいう、この品のいい森を歩くのが楽しみであった。少々残念。いつかの機会に、ということにしよう。
フェリーで鹿児島に
最終日;天候悪い。飛行場に。が、天候不順のため、飛行機の発着できず。待ち人の中に俳優佐々木蔵之助が。女性たちの静かなる喜び、ひとしお。結局飛行機離着陸できず。宮之浦からの水中翼船・トッピーも一杯。
結局、宮之浦からフェリーで鹿児島に。水中翼船の倍4時間程度かかるが、仕方なし。鹿児島本港着。予定外の鹿児島の夜を楽しみ、翌日は鹿児島の街を楽しみツアー終了となる。
屋久島に来るまでは、小さい島であろうと思っていた。何時間か歩けば一周できるのではないか、などとも思っていた。結構大きな島である。周囲132キロほど。一周するには車で4時間程度走る必要があるだろう。
また、コバルトブルーの海に「聳え立つ」島である。洋上アルプスとも呼ばれる。実際、宮之浦岳は標高1,935m。九州最高峰の山である。それ以外にも1,000メートルを超える山が40あるという。山登りもよし、沢歩きもよし、森を歩くのもまたよし。今回で土地勘がわかった。次回は白谷雲水峡から楠川登山道、宮之浦岳といったコースを歩いてみたいと思う。
ちなみに、屋久島の「屋久」の語源、はっきりしない。「細長く伸びた半島」といった説もある。が、はっきりしない。そういえば東京の荒川区に屋久という地名が。「奥」といった意味らしいのだが、これもはっきりしない。
そうこうしているうちに、屋久島同行のひとりが調べてくれた。鎌田慧さんの『日本列島を往く(4)』。によれば;往時、屋久島を男島、種子島を女島と称(とな)え、其語源はアイヌ語のタンネ(細長い意-種子島)、ヤック(鹿の意-屋久島)にあると言う。はてさて。地名の語源にアイヌ語から、というのは少々食傷気味。問題意識として「屋久」の語源を温めておこう。
コメントする